9月29日、30日に、今年も「さつま・すんくじらの恵み~食と酒の祭典」を開催いたします。例年通り、北品川の「しながわ宿場まつり」に合わせての開催です。
 
南さつまの生産者の方々も東京にいらっしゃり、すんくじらでとれた恵みを生かしたブースを複数出店します。
 
お時間のある方は当日、是非足をお運びください。
 
また、各ブースの詳細につきましては、今年度版のチラシが完成し次第、追ってお伝えいたします。
 
なお、各ブースの運営側として一緒に祭典に携わることに興味のある方は
こちらまでご連絡ください。

2012年08月28日



 
「びえぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええ!!!!!(泣)」

 

大号泣です。
泣いて、泣いて、泣いて、泣いて、泣いて両親に助けを求めます。

 



 

南さつま市は金峰町、高橋の玉手神社。
昨年に続き、今年も行ってきました。

 
毎年8月22日に実施される水神祭り「よっかぶい」

 
昨年に負けるとも劣らない子どもたちの泣きっぷりでした。

 
(昨年の記事はコチラ)
(地図はコチラ)

 


 
大がらっぱ(大河童)は、カマス(ワラで作った袋)を使って子どもをさらおうとします。
(もちろん本当にさらうわけではありません)

 

 
連れ去られまいと、泣きながら全力でお母さんをつかむ子ども。
大がらっぱを前にして、「どうせ大人が入っているんでしょ?」と
冷静でいられる子供は少ないでしょう。
この子も大号泣でした。

 
 
 
この「よっかぶい」に参加した子どもたちは、

 
「悪いことをするとおおがらっぱが連れて行くよ!」

 
この一言で静かになるのだとか・・・(´Д`)

 
「(我が子を連れながら)トラウマですよね・・・」
「追いかけられたら今でも逃げます!」
「見た目が怖すぎる!」
「教育の一環ですね」

 
と、地元の方々は教えてくれました。私でも逃げます(笑)

 
作物の豊作を願う五穀豊穣の祈りと、一年間の無病息災を願う伝統的なお祭り。
大がらっぱの持つカマスに入れられた子どもは、一年間病気をしないと言われます。

 
 
300年以上続くお祭りですが、近年の子どもの減少により、
実は十数年前に一度「よっかぶい」をしなかった年があったそうです。

 
しかし、その年、大規模な火事が発生し、農作物含め一帯が焼け野原に・・・。

 
「水神様の怒りだ・・・!」ということでお祭りは復活。現在に至ります。
こんなことってあるんですね。
「金峰町に豊かな実りを与えてきてくれた神様への感謝を怠ってはいけない!」
つまりはそういうことなのでしょうか・・・?
神様っているんだろうな~と、妙に実感したお話でした。

 
 
 

駄々をこねたり、悪さをするお子さんがいらっしゃれば
ぜひ「よっかぶい」につれてきて下さい。

 
「ヒューヒュー!!ヒューヒュ~!!!(大声)」

 
声も怖すぎる怖~い怖~い大がらっぱがお待ちしております!!

 

(写真:幼稚園生のちびっ子相撲も開催。お孫さんの活躍におじいちゃんおばあちゃんの応援にも熱が入っていました)

2012年08月27日

南さつまチームサポーターのYです。
お盆の数日は大雨で水害に見舞われたところも多かったようですが、
このブログをご覧になっている皆さんのお住まいのまわりでは
いかがでしたでしょうか?>_<

 
ここ南さつま市は、快晴ときどきうす曇の空模様で、
大勢の人が海に山に出かけているのを見かけました。
このお盆の時期は、鹿児島県内でもお祭りが非常に多く開かれているのですが、
そんななか、今回は、8月15日(水)に、坊津で長きに渡り続いている、
坊津の「久志太鼓踊り」を観に行ってきました!

 
地図をひらく。

 


 
そもそも、”太鼓踊り”の始まりは、伝えられているところによると、
島津日新斎忠良公の伊作(現・日置市)での戦いに由来するとか。
(なんと400年以上(!)の伝統を誇る勇壮な盆の踊りです)
その後、各地区の独特の文化・歴史が交じり合い、少しずつ舞いの型は異なっていったようです。

 
ここ坊津・久志地区の太鼓踊りは、1592年豊臣秀吉の朝鮮出兵以降に持ち帰られたとのこともあってか、
鉦(しょう=金属製の平たい打楽器。かね)の音を中心に独特のリズムを刻むものです。
この地区での舞は昭和46年から脈々と、途絶えることなく続いている、この久志地区の宝なのだそうです。

 
海に程近い、長ーい階段を上った先に、
古くから高台より集落の皆さんを見守っている「九玉(くだま)神社」があり、
こちらで舞を奉納してから、それぞれの集落へと移動していきます。
お社前の広場で、この太鼓踊りを舞う踊り子さんたちひとりひとりが紹介されました。
遠くは、熊本からこの踊りを舞いに、戻って来られた方もいらっしゃいました。

 
この九玉神社での舞は、まだ朝早い時間(8時頃)なのですが、
舞う皆さんの額からはたくさんの汗が流れます。
伝統を守る、若者のまなざし。
とても精悍で、観ているこちらの背筋が、シャンとします。

 


 


 
周囲で見守っている、踊り子さんのご家族、音頭をとる方のお母様、集落の皆さんがたは、
太鼓と鉦(しょう)の拍子に合わせて、何も見ずに歌を口ずさんでいらっしゃいます。
訊けば、この踊りや歌は、小さな頃から誰もが親しみ受け継いでいるものなので、
何も見ずして歌詞が口から紡ぎ出されるものなのだそうです。

 
踊り子の方に話を伺ったところ、
この舞の練習を、なんと2週間前から始めていたそうです。
性別も年齢もまちまち、住んでいる地域もあちらこちらでありながら、
毎夜集まり練習に励んでいたそう・・・。

 
「もう何年も舞っていると、すでに体が覚えてしまっている」、のだそうですが、
それでも踊り子のみなさんは、みんなで息を揃えるための練習を毎日行っていたそうです。
伝統を守るということは、日々の積み重ねなのだな~と、実感。

 


 
この踊りを舞うためにこの日だけ帰省する方もいらっしゃるようで、
明日はまた普段通りの生活に戻ります~、と言って笑ってくださった方も。

 
多くの若い人が集落を後にしても、この日のためにわざわざ帰って来る!
これからも未来に残しておきたい風景の一つです。
そして、伝統郷土芸能はこのような若い人たちに支えられ続いて行くのだなあ、と胸がジンと熱くなりました。

 
この後も一行は、海岸沿いの集落、津々浦々で舞を続け、
この日一日は朝から夕方まで、太鼓と鐘の拍子が鳴り続けていました。

 
・・・祭りの後はひっそり。
集落の小路には、砂浜に打ち寄せる波の音が響く、またいつもの時間が戻ります。

 


 
(塀の孔からこちらを伺う小さな住人が♪ ←猫ちゃんです^^)

2012年08月22日